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前口上
自分の好きなことを、好きなように語れるというのはひとつの才能だと思う。
とかく表現は難しい。知識不足や語彙不足の制限で思うように書けなかったり、常識や人の目を気にする余り、中途半端な文章になってしまったりする。しったかぶりは悪いことみたいに言われているが、知ったかぶりこそ最大の娯楽であり、発信することの醍醐味であると思う。 今、自分もそんな文章を書いてみたいと思い、こんなブログを始めてみた。 タイトルに「夜話」とはあるが、更新は休日の昼間にすることもある。或いは、半年くらい全くしないこともある。全てが気まぐれなのだ。松浦静山の「甲子夜話」を真似してつけてみただけのことで、特に意味はない。 にほんブログ村 最新のトラックバック
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漱石の門下で「阿呆列車」「百鬼園随筆」などの作品で名高い内田百閒の初期作品に、『冥途』という掌編集がある。どの話も夢の世界めいていて、師匠の漱石の『夢十夜』を連想させるが、私にはやや荒削りな『冥途』のほうが、却って恐ろしく感じられる。
そんな『冥途』の中に「件」という一話がある。件はクダンと読む。突然としてクダンという妖怪に変身してしまった語り手の、狼狽や不安が少々ユーモラスに描写されている不思議な感覚の作品だ。百閒の文章を引用して、クダンという妖怪がどのようなものかを見てみよう。 件の話は子供の折に聞いたことはあるけれども、自分がその件になろうとは思いもよらなかった。からだが牛で顔丈人間の浅間しい化物に生まれて、こんな所にぼんやり立っている。 (中略) 件は生まれて三日にして死し、その間に人間の言葉で、未来の凶福を予言するものだと云う話を聞いている。 語り手の「私」が「子供の折に聞いた」と言っているが、実はクダンは百閒の創作した妖怪ではなく、その話は江戸期の瓦版や人々の噂話の中にも時々現れる。その特徴は百閒が描写したのと殆ど大差ない。 天保七年に出た瓦版には、丹波国に現れたクダンのことが載っている。それによると、この怪物は倉橋山の山中に現れたという。具体的にこのクダンが何を云ったのかは書かれていないが、続く文章には別の例が表れる。クダンは宝永二年にも現れ、その翌年は豊作が続いたということが書かれている。 ![]() 件(クダン)という字は人偏に牛と書き、まさにこの怪物の体を表していると言えよう。心正直でその言う事に嘘・いつわりがないことから、証文の最後にも如件(くだんのごとし)と書くようになったのだという。これは一寸眉唾っぽい。むしろ「件」という字からこの怪物が想像されたのではないだろうか? 瓦版には件の絵を張っておけば、家内繁盛して疫病にかからず、一切の禍を免れ大豊年となると書いてある。クダンそのものだけでなく、絵にも災いを退け福を招く効果があったようだ。 同じような怪物に「くたべ」(またはくだべ、どだく)というものがあって、これは越中立山で薬草採りの男が目撃した。ある瓦版によると、くたべは四五年のうちに起こる名も無き疫病による大惨事を予言し、自分の絵を見たものはその難を逃れることが出来ると言ったそうだ。右の瓦版には、背中に目のついた人面獣身の妖怪が描かれている。また、冒頭には「唐名ニ而ハ件」とも記されていて、「くたべ」が「クダン」と同様の存在であることを言っている。 中国にクダンの伝承があるのかどうか知らないが、クダンに近いものとしては白澤(はくたく)という獣が挙げられる。これは中国のいわゆる神獣であり、徳の高い為政者のところにしか現れないという。かつて黄帝(中国神話に登場する伝説的皇帝の一人)が東方巡行したところ、この白澤が現れ、人語で11520種もの妖怪とその対処法について黄帝へ伝えたという。黄帝は白澤から聞いた内容を、その妖怪の姿かたちとともに描きとめさせた。これを「白澤図」という。「白澤図」の内容は引用と言う形でいくつかの書物に断片的に載っているに過ぎず、そのものは散逸してしまって残っていないという。もし残っていれば「山海経」ばりの妖怪大図鑑となったことだろうに、とても残念である。 ●後記; 干宝の「捜神記」に牛がものいう話が載っている。この牛は突然喋り出したかと思うと天下の混乱を予言し、なんと人間のように二足で立って歩いたという。また、干宝は易の大家である京房の『易妖』を引いて、「牛がよくものを言うときは、その言葉の如く吉凶を占うことが出来る」と言っている。 白澤は日本にも渡来し、江戸時代になると獏と混同されたり、災いや悪疫の害を取り去る獣として信仰された。クダンやくたべと同様、その姿を描いたものにもご利益があるとされ、白澤の絵の描かれた護符が作られたようだ。「和漢三才図会」や鳥山石燕の「今昔百鬼拾遺」では獣のような顔で描かれているが、白澤の絵の中には人面獣身のものもあり、多くは背中に目がついている姿で描かれる。この点はくたべとよく似ている。名前も一寸似ているので、もしかしたらクダンやくたべの源流はこの白澤なのかも知れない。 クダンの目撃談は江戸期に限らず、実は明治以降にも現れたという記録が残っている。太平洋戦争中の神戸地方では、クダンの話を聞いた者は小豆飯かおはぎを食べると空襲の被害を逃れると言ったようだし、岩国市のある下駄屋で生まれたクダンは、太平洋戦争の終結を予言したという。真偽のほどは疑わしいが見世物のネタとして剥製も作られ、小泉八雲の著書などにも登場する。どうもクダンという妖怪は、社会の混乱期に現れて予言をするものらしい。クダンとは、その時代に生きる人々の不安や希望を伝える代弁者なのかも知れない。 クダンの噂は西日本を中心に、全国で展開されていたようだが、その中でも兵庫県ではとりわけ面白い話が伝えられている。それは、ここに出るクダンが人面牛身ではなく、ミノタウロスのように牛の頭を持った人間の姿をしているからだ。 ![]() このクダンは牛ではなく人間から生まれ、その姿の異様さからか、座敷牢になどに閉じ込められている。空襲などで建物が焼け出されたことがきっかけで人間に目撃されるという話のパターンのようだ。南方熊楠も顔が牛に似た白痴のクダンのことを書いているが、これはおそらくその家で生まれた障害者だろう。現在、この怪談は「牛女」の話として「新耳袋」に紹介されたのがきっかけで、多くの怪談愛好家の知るところであるが、それに先行してSF作家の小松左京が「くだんのはは」という短編を書いている。 人面牛身という単純な造形ながら、さまざまな時代で語り継がれるクダンは、非常に興味深い妖怪のひとつである。
by oshiragami
| 2011-05-03 17:28
| 妖怪博物誌
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