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前口上
自分の好きなことを、好きなように語れるというのはひとつの才能だと思う。
とかく表現は難しい。知識不足や語彙不足の制限で思うように書けなかったり、常識や人の目を気にする余り、中途半端な文章になってしまったりする。しったかぶりは悪いことみたいに言われているが、知ったかぶりこそ最大の娯楽であり、発信することの醍醐味であると思う。

今、自分もそんな文章を書いてみたいと思い、こんなブログを始めてみた。
タイトルに「夜話」とはあるが、更新は休日の昼間にすることもある。或いは、半年くらい全くしないこともある。全てが気まぐれなのだ。松浦静山の「甲子夜話」を真似してつけてみただけのことで、特に意味はない。

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燈台鬼のこと
燈台鬼のこと_d0177732_20412738.jpg

鳥山石燕「今昔百鬼拾遺」に曰、
軽大臣という人が遣唐使として唐に居た頃、唐人から口の利けなくなる毒薬を飲まされ、身を着飾り、頭に燈台を乗せられ「燈台鬼」と名づけられ行方知れずとなった。
後に大臣の息子である弼宰相(和漢三才図会では参議春衡)が入唐して父親を探すと、果たして変わり果てた父と再会することになる。春衡が自分の子であると知った燈台鬼は涙を流し、指を噛み切って自らの血で漢詩を書いた。

 我元日本華京客 汝是一家同姓人
(私は元々日本より来た。同じ姓を持つおまえとは同族の者である)
 為子為爺前世契 隔山隔海変生辛
(子となり親となった前世の契りは、海山を隔てても変わることはない)
 経年流涙蓬蒿宿 遂日馳思蘭菊親
(こんな粗末な家で涙を流しながら年月過ごし、立派な家に住む日本の親に思いを馳せる日々)
 形破他郷作灯鬼 争帰旧里寄斯身
(他郷でこの姿を燈台鬼に変えられてしまったが、どうにかして故郷へ帰り身を寄せたい)
※漢詩の訳は適当です。違ってたら済みません。

「今昔百鬼拾遺」ではここで終わっているが、「和漢三才図会」第八十ではこう続く。
この詩をみた息子は、燈台鬼が自分の父であることを知り、日本につれて帰ろうとするが、硫黄島に来たところで燈台鬼は死んでしまった。その亡骸を葬った場所を鬼界(ヶ島)という。
硫黄島(玉砕の舞台になった硫黄島ではない)には徳躰神社という神社とは名ばかりの小さな石の祠があるが、これは軽大臣を祀ったものだという。
この逸話は「源平盛衰記」で、俊寛と有王が再会する場面でも挿入される。また、平康頼の著した「宝物集」にもこの逸話は収められているという。

元々中国にあった説話が元話なのだろうか。はたまた日本の話がいつの間にやらあちらに輸入されたのか、時と場所は変わって清朝の頃の怪談集「子不語」にも似たような話が載っている。
この話では、金汝利という人が乞食に誘拐されて、唖になる薬を飲まされ、針で全身を刺された挙句狗熊(くゆう)の毛皮を着せられ、字を書いたり漢詩を書いたりする熊として見世物にされている。飼い主の留守の際、汝利は見物人の差し出した紙に自分が人間であることを書いて助けを求めるのである。

近年の都市伝説と呼ばれる物語群の中にも類話がある。
「中国奥地の達者(だるま)」と名づけられた怪談では、中国で拐された現代の日本人大学生が手足を切断されて見世物にされており、観客の日本人に日本語で助けを請う。ところが日本人観光客は、自分にも累が及ぶのを恐れるあまり、中国人のふりをして日本語が話せないと偽り逃げてしまうのである。最後は救出される燈台鬼や狗熊の話と比較すると、残酷かつ救いようのない話である。
by oshiragami | 2011-05-06 20:39 | 妖怪博物誌
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